ダウトAREAとオペラBLITZは纏め中。早めに上げれたらいいと思っているけれども…。
ずっと頭の中にオペラのcoal tarが。だいぶまずいモードな気がします。
しばらくこの波来てなかったんだけど。
たぶん、この期間は
不安要素がある→いつもの思考でネガティブの底に沈む→慣れて落ち着く→死にたくなる→不安になる→ループ
の繰り返し。
coal tarの歌詞を見て、私の一生はこれが繰り返されるんだろうなと思った。
これ、ライブで聴きたくないな。
BLITZでやらなくてよかった。
私はほとんどインタビューを読んでいないし、
ほぼブログでしかその人となりに触れたことがないけど
苑はたぶん、死にたいとか 消えたいとか よく思考に出てくる人なんだろうなと思う。
「この曲が」と思ったのはcoal tarが一番だったけど、他も曲全体でなくて一部でもそういう空気が感じ取れる。
私が苑の何がそんなに好きなのか、と考えるとまず、声。唄。
プラス、最初はそこまで意識していなかったのだけれども、苑の歌詞が私はかなり好きみたいです。
えろえろなのももちろんだいすきだけど、それ以上に上記のようなものが。
苑の「光」の扱い方がとても好みだ。
"光へと進む"のに、けれども"両手で影を作りながら"なんだよね。
私は「単に光を求める」という感性がとても嫌いなわけです。
ポジティブでプラス思考で明るくて、っていう人間とは合わない。勝手にそっちでやっとけ巻き込むな、って思う。
自分以上のマイナス思考な人も見たことないけど。まぁ、それは別に改善する気もないからいいんですけど。
人が私に何か求めてる時は、プラスなことを言うけどね。
だってマイナスな部分は本人が十分考えているだろうし、本人の思考を持っていない他人である私が、いちいちマイナスの可能性とか指摘することでもないよね?
それも時と場合によりますが。
まーそんなことはどうでもいいんですよ。
苑の歌詞がだいすき。
月の砂における、
「灰色で蓋をした真冬の曇り空 色を重ね過ぎて濁ってしまったの?」
「誰かが私の心を描こうと筆を重ねて失敗したみたい」
にものすごく感銘を受けたなー。なんでこういう発想ができるんだろうって。
眠れる夜みたいな曲もある。
この曲を、私は自分の大事な人に聴いてもらいたい。と思った初めての曲。
短絡的だが、1年前、あさまに贈ってしまった。
直前まで死ぬほど悩んだけど。同じ業界で活動してる他のバンドの曲を贈るって失礼だし気分の良いものではないのではないか?って。
でもあの時、自分からあさまに伝えたい言葉はこれ以外になかった。
あさまにも救われてきたけど、苑にもかなり救われてる。その「救い」の意はイコールではないけど。
私が死にたい周期に入った時に聴くPLAY LISTには、オペラはあるけどあさまは1曲も入ってない。そういうこと。
あさまは最後には必ず救いがあるから。
絶望しかないものであっても、それには必ずと言っていいほどコンセプトがあって、人間としての絶望ではない。
あさまは本当の意味で救ってくれる人。
だからそれでは救われないことがある。
苑も、皐姫も、自分のこと嫌いなのかなって思う歌詞がある。
そういう意味で救いようのない曲が在って、私はそれを生きる糧にする。
だからきっと何がどうであろうと、このふたりは手離せないんだろうなーと思う。
話が逸れてるなぁ。
とにかく原因のお話を聞かない限りは続くんだろうなこの波。
今回ばかりは、自分のマイナス思考が的中しないことを祈ります。願います。
あと全体的に漂う鬱という部分では、ゆうも補ってくれる。だいすき。
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